『ブレイキング・バッド』の物語世界を構築する重要な要素に、自動車がある。登場人物たちにとってみれば広大な土地を移動するための手段にすぎないが、視聴者に対しては彼らの性格を現すヒントとなっているのだ。
たとえば、主人公ウォルター・ホワイトが乗るのは、2002年製のポンティアック・アズテクというファミリーカーだ。2001年にGMが、SUVと乗用車のあいだを狙った「クロスオーバー」として発表。しかし、二階建てのようなごてごてとした作りと、プラスチックの安っぽいルックスを、マスコミがこぞって批判。05年に生産を中止したものの、いまでも歴史上もっとも醜いクルマのひとつとしてワーストランキングに名前が挙がるほど。そんな悪名高いクルマを愛車にするウォルトは、それだけで哀愁を誘う。家庭でも職場でも敬意を払ってもらえない憐れな中年男のシンボルのような存在だ。
登場人物と、その人物が駆る自動車がマッチしているのは偶然ではない。『ブレイキング・バッド』は、トランスポーテーション・コーディネーターとしてデニス・ミリケンというベテランを起用。クリエイターのヴィンス・ギリガンと相談しながら、それぞれのキャラクターに合った車を手配しているのだ。
たとえば、番組開始時のジェシーはシボレーのモンテカルロでいきがっていたが、落ち着いてくるとトヨタのターセルに変更。他のキャラクターも、スカイラーが家庭的なジープ・グランドワゴニア、ハンクはタフなジープ・コマンダー、お洒落好きのマリーはフォルクスワーゲン・ビートル、弁護士のソウル・グッドマンは白のキャデラック・ドゥビルと、それぞれの性格を反映した車が選ばれている。
さて、『ブレイキング・バッド』の醍醐味は、ストーリーが進むに従って主人公がワルになっていく点だ。嘲笑の対象であるポンティアック・アズテクに長年乗っていたウォルトは、51才の誕生日を前に、たった50ドルで同車を売却。かわりに高級セダンのクライスラー300 SRT8を手に入れる。色はもちろんブラック。いくつもの死線をかいくぐりながら、ドラッグで成功を手にした男の自負がそのまま現れている。