陳寿の『三国志』は、中国の三世紀、魏・蜀・呉の三国鼎立を扱った歴史書である。これをもとに様々な物語が創られた。十四世紀に羅貫中がまとめたとされる『三国志演義』は、その代表である。 魏の正統を継承する西晋に仕えた陳寿が著した『三国志』は、曹操の悪事を隠し、その正統を主張する。物語に描かれる悪事は、五世紀に『三国志』に注を付けた裴松之が収集した諸書の記録である。 一方、朱子学が官学となってからまとめられた『三国志演義』は、朱子が正統とする蜀を建国した劉備、それを助けた諸葛亮・関羽・張飛を善玉に描く。本作のように献帝を中心に据えた「三国志」の物語はこれまでになく、注目に値する。

文：渡邉義浩（早稲田大学教授）