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PRODUCTION NOTE

構想14年、遂に実現した映画化
監督のダニエル・リーが映画『三国志』の物語を思い付いたのは、14年以上前に遡る。この古典小説の終生のファンである父親に影響されたダニエルは、幼い頃に「三国志」の物語を心に留め、長年に渡り映画化を夢見てきた。ところが、「三国志」は数多のキャラクターと広範な人間関係で織り成される、史実とフィクションが入り混じった複雑な物語だった。膨大な情報源に起因する取り組みのハードルの高さが、映画製作者たちをこの小説の映像化から一歩引かせる理由となっていた。
90年代前半に中国の中央TV局によって製作されたTVシリーズ以外、長い年月の中で、「三国志」の世界を映画として描き出す術を見出した映画製作者が現れなかったのにはそういう理由がある。そこでダニエルは一人の武将に焦点を当て、その人物を中心として三国時代を描くことに決めた。
「映画では、「三国志演義」にある趙雲の逸話全てを無理やり詰め込んではいない」とダニエルは指摘する。「三国志演義」は、歴史文書にほとんど基づくこともできず、言い伝えや作り話を手掛かりにした時代から1000年以上経って書かれたものである。さらに創造的でさらに優れた独創性を目指す小説にとって、史実性は重要ではなく、厳格である必要もなかった。「趙雲が偉大な英雄であったことは間違いないが、歴史学者でさえ真実は類推するしかない。だからこそ映画『三国志』は歴史の解釈ではなく、むしろ我々現代人にも通じるテーマを描こうと思った。英雄の資質であったり、美徳であったりをね。」とダニエルは語る。その一方で、小説では無視されていた趙雲の小さな逸話を出発点としたり、“長坂の戦い”という有名なエピソードを損なうこともしなかった。ダニエルのフィクションとノンフィクションの絶妙な融合により、観客を感動させるエンタテインメント大作として完成に至ったのだ。
作者が最も愛した武将、趙雲子龍の魅力
「三国志演義」には数百人のキャラクターが登場するが、本作の主人公である趙雲は、作者である羅貫中の大のお気に入りの人物だとされている。小説では、趙雲は彼が生きた時代の英雄たちの追随を許さないほど多くの優れた性質を持つ、完璧な人間として描かれている。穏やかで知的だが、勇敢で無敵(趙雲は戦に負けたことがなく、“無敗の将軍”という異名をとった)。中でも、彼の忠義心と美徳は、この作家が最も褒め称えるところである。小説においても、おそらく実人生においても、彼の性格は、優れた西洋の騎士と同じだったに違いない。中国の人々は何世代にもわたり、趙雲の有名な“長坂の戦い”に心奪われ、魅了されてきた。その戦いで、彼はひとりで戦い、圧倒的な敵軍の包囲網を抜け、君主劉備の息子を奇跡的に救い出した。文学作品、オペラ、その他の中国民衆芸術に、著しく頻繁に取り上げられる彼は伝説となり、その名前は中国の一般大衆の中で、勇気や勇敢という言葉と同義語になっている。小説は他のアジア言語に翻訳され、人気はアジア諸国に広がり、その結果、「三国志」の物語をベースとした人気コミックや広く行き渡ったビデオゲームシリーズを通して、世界中に広まっていった。その中で描かれる機転が利く颯爽としたイメージによって、「三国志」の英雄たちの中で、彼は現代の若者たちにとって最も親しみがあり、最も好感をもたれる英雄となった。その全てが、趙雲を驚くべき三国時代の精神とその物語を語るに相応しい、最高の中心的キャラクターにしたのだ。
映画化にあたり創られた、2人のオリジナルキャラ
趙雲の「三国志演義」全体での登場場面はそこまで多くないため、製作陣は彼の台頭から死までを見守る平安というキャラクターを創造し、それをサモ・ハンに演じさせ、趙雲の物語を語る第3の人物としての役割を与えた。祖国統一と平和のために無私無欲で戦う、勇敢で高潔な英雄趙雲とは違い、平安は基本的に自分の利益に関心があり、是が非でもそれを達成しようと心に決めている。平安の失敗と趙雲の偉業に対する彼の嫉妬心が、ふたりの友情に緊張感をもたらしている。平安というキャラクターは、趙雲のキャラクターをいっそう良く見せる手助けをしているだけでなく、歴史的なギャップを埋める存在として、またいくつかの出来事を伝える映画の語り手として、さらに中心的な声としての役割も果たしている。
そしてもうひとり創作されたキャラクターが、物語の中心的悪役となる曹操の孫娘、曹嬰である。この役は、「三国志演義」では、鳳山で趙雲を取り囲んだ魏軍の実在の指揮官だった曹操の義理の息子から派生した役である。演じるのは世界的スターとなったマギー・Q。男性を女性に変えたことで、趙雲に対抗する魏軍の指揮官が、戦場でのドラマ性を加えるだけでなく、三国時代は女性を含めた全ての人間にチャンスを与える自由な思想を有する、古代中国史においても数少ない時代のひとつだったことをはっきりと物語る役割を果たしている。少女時代、曹嬰は“長坂の戦い”で祖父の手から逃げる趙雲の大きな力と勇敢さを目撃した。何年か後、祖父の軍隊で戦略と策略に長けた曹嬰は、蜀軍の五虎将の最後の生き残りである趙雲を捕らえる策を考え出す。それは単に祖父曹操に敬意を表するだけでなく、魏のさらなる軍事行動を画策する上で、蜀軍の士気をくじくことが、さらに重要だったからである。曹嬰は邪悪な曹操の性格を多いに受け継いでいる。 “私の気分を悪くするより、世界を敵に回したほうがいいぞ”という彼の言葉を実践する人物なのだ。だが最初は残酷で冷たく見えた曹嬰も、映画の終盤では、部下を犠牲にすることに束の間躊躇し、彼女が完全には、邪悪でも救い難い人間でもないことをほのめかしている。創造された2人のオリジナルキャラが、映画全体を見事に彩っている。
物語を支える、様々な舞台装置
本作の撮影は、信憑性を高めるため全て中国で行われた。撮影地には、壮大なスケールの戦闘シーンの舞台となり、その素晴らしさと広大さを表現することができる場所が選び出された。天候状態は変わりやすく、時に砂嵐、暴風雨、大雪に見舞われることもあった。「凍りつくような気温、強く照り付ける太陽、イライラさせる風砂は本当にスタッフ全員の忍耐を試しているようだった」と監督は語る。主要なシーンは甘粛省の敦煌にある、山並みがはるか彼方まで続く山岳地帯で撮影された。広大で見事な砂漠の荒地の中にある山頂の一つを均し、漢王朝時代の壮大な寺院のレプリカを建築した。また、小道具に関しては、実際の武器や「三国志演義」から歴史的要素を参照し、武器全体がデザインされた。特に、趙雲の長槍、関羽の龍月刀、張飛の長槍、そして曹操の剣など、それぞれが架空のデザインのひねりを加えられ、それぞれの持ち主やキャラクターのイメージにマッチした、個性的でユニークな造りになっている。いくつかの武器は、実際の武器と同等、あるいは適切な強度を出すために、鋼鉄で作られたものもある。事実、アンディが撮影中に使用した槍は非常に重いため、両手で抱えねばならなかった。そして武将たちの鎧と兜もそれぞれのキャラクターの個性を反映してデザインされた。“長坂の戦い”において劉備が趙雲に授ける鎧は、金属プレートがその鎧の上を細かく覆い(西の漢王朝で発展した技術)、その下は、金の金属糸で織られた布が重ねられている。胸には、シンボルとして(中国道教の哲学者荘子の有名な「胡蝶の夢」を参照した)金の蝶が装飾された。“人の人生は夢のように過ぎ去る”ことを意味し、趙雲を含めた全ての人間の、人生における無益な苦闘や追求を微妙に皮肉っている。
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