昭和40年男PRESENTS あのころ僕らは

2015年12月18日

スタンド・バイ・ミー

科学万能の価値観が揺らぎ、超大国・米ソの威信が低下した年。『スタンド・バイ・ミー』が公開された86年を振り返ると、そんな時代背景が浮かび上がってくる。

米国では、1月にスペースシャトル“チャレンジャー号”が発射直後に爆発、乗組員全員が死亡する悲劇が起きた。また、経済面では前年の経常収支の赤字が史上最高の1,176億ドルに達し、71年ぶりに債務超過国に転落したことが発表されている。一方、ゴルバチョフ書記長のもと、ペレストロイカ(改革)に取り組んでいたソ連では4月にチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が発生。大量の放射性物質が放出され、原発の安全性に対する世界的な議論が巻き起こった。50年代末のオレゴン州の田舎町を舞台に、死体探しの旅に出る少年4人の冒険を描いた本作がヒット(全米で年間13位)したのは、先行き不透明な社会情勢のなか、古き良き時代への郷愁をかき立てる作風が受け入れられたからともいえるだろう。

同じ年、日本では4月に施行された男女雇用機会均等法により、女性の社会進出が加速する。日本初の女性党首として、土井たか子が社会党委員長に選出されたほか、美里美寿々や宮崎緑、安藤優子、幸田シャーミンなど、女性キャスターの活躍も目立つ年となった。バブル期に向けてウーマンパワーは増す一方だったが、少年期特有の心情を繊細に描写した本作は女性に押されがちだった男たちのノスタルジーを刺激し、幅広い共感を獲得する。87年に公開されると、キネマ旬報ベスト・テン(外国映画)の第5位、読者選出部門では第1位にランキングされる人気ぶりだった。

ちなみにテレビ初放映は89年8月の『ゴールデン洋画劇場』(フジテレビ系)。80年代後半には家庭用のビデオデッキが急速に普及し、映画入場者数は減少の一途をたどっていたが、本作はテレビ放送やレンタルビデオを通じて新たなファンを獲得した作品といえよう。なお、ベン・E・キングが歌う同名主題歌はもともと61年に発表された作品だったが、この映画によって25年ぶりのリバイバルヒットを記録。公開当時21歳だった昭和40年男にとっては、音楽を聴くと瞬時に映像が甦る、青春映画の傑作である。


将来を悲観する少年を好演したリバー・フェニックス(左から2人目)は本作でブレイク。若手演技派として注目されたが、93年に23歳の若さで急逝した。

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文:濱口英樹/構成:『昭和40年男』編集部

吹替洋画劇場 コロンビア映画90周年記念
『スタンド・バイ・ミー』

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昭和40年男

昭和40年(~41年3月)生まれの男性のための情報誌。同世代の活躍を紹介したり、年齢的にそろそろ気になってくる健康面をサポートする記事の他、幼少から青春時代にかけての思い出を掘り下げて世代的ルーツ探る記事を多数掲載。「ノスタルジックな想い出が呼ぶ共感」を「明日を生きる活力」に変えることを命題に誌面づくりに取り組んでいる。
毎奇数月の11日発売・700円 http://www.s40otoko.com/